タテシナソンのリアル チームガイド編②

インタビュアー くりもと きょうこ

総合出版社で編集者として14年間、青年誌・女性誌・男性週刊誌・児童書と脈絡のないキャリアを経たのち、信州に移住して雑食系フリーランス編集者・ライターに。こんなに楽しいならさっさと会社員を辞めればよかったと思う移住5年目。東信エリアの某村に暮らす。

さまざまな立場の「人」を通して、「タテシナソンとは一体どんなイベントなのか?」を明らかにしてきたインタビュー記事の第2弾は、学生を迎えてから送り出すまでの28時間、立科町の右も左も分からない学生たちをアテンドする「ガイド」を務めた町民の方々にお話を聞きました。

前回は、40代でふたりのお子さんがいる國澤慎治さんにお話を伺いました。今回の関陽一さんは30代半ばで、学生たちにとってはいわば少し年の離れたお兄さん的存在です。


CASE2.関陽一さん

関農園 関陽一さん

関さんは立科町出身。りんご農家になる前は、埼玉県で結婚して保育士として働いていました。立科町で祖父母が営んでいた農園をたたむことになり、ならば自分が継ぐと夫婦でUターン移住。今は奥様とふたりで、りんごとお米を育て、出荷しています。

関さんは第3回タテシナソンで初めてガイドを務めました。担当は「たぬきチーム」。“お兄さん”から見て弟・妹たちのような学生たちは、どう見えたのでしょうか。お話を伺いました!


くりもと:どのような経緯でガイドになったのでしょうか。

関:タテシナソンのイベントディレクターである渡邉岳志さんから声をかけられました。渡邉さんとは商工会青年部でご一緒していて、もともと付き合いがあったんです。

僕は3回目で初めて関わりましたが、商工会で話を聞いたり、動画を見たりしていたので、タテシナソンのことは何となくは知っていました。学生が考える新鮮なアイデアを仕事に生かせるのはいいなと、好意的に受け止めていましたね。

※ YouTubeの「タテシナソンチャンネル」で、これまでの様子を動画でご覧いただけます。

くりもと:学生たちとはどのように打ち解けましたか?

関:実は、最初はとても緊張していたんです。ガイドという立場上、入り込みすぎてもいけないし、かといって他人行儀でもいけない。でも、学生側がガンガン来てくれたので、いつの間にか距離がゼロになって緊張もなくなりました。自己紹介タイムがあったので、そこでだいぶ打ち解けることができました。

 1日目の夕食のあと、プライベートな話になったんです。そこでみんな夢を語り出して、僕も耳を傾けていました。すると、「次、関さんの番です」と振られて。戸惑いながらも、自分の夢を話しました。僕の話なんてどうなんだろうと思っていたんですが、「すごいッスね!」と興味を持って聞いてくれて。僕の話からヒントを得ようとしていた子もいました。単なる案内役というよりは、ガイドである僕も含めてひとつのチームだと考えてくれているのが伝わってきて、「自分もがんばろう」とうれしくなりました。

 夜は、宿泊先のペンション近くにある、星がよく見えるスポットに連れて行きました。立科町は星がよく見えるんです。星空の下、学生たちは延々語り合っていました。それを見ていて「青春だな。若いっていいな」としみじみ感じましたね。学生たちは立科町の環境も気に入ってくれて、「信州いいなー」と言っていました。

くりもと:実際に接してみて、学生たちの印象はどうでしたか?

関:僕が同じ年齢だった時、こんなに考えていませんでした。だから「もっとがんばらなきゃな」という気持ちにさせられましたね。

プレゼン内容がなかなかまとまらなくて、ハラハラしていました。でも、いざプレゼンがはじまったらバシッと決めていて、驚きましたね。僕が見ている限りではまとまる様子がなかったので、一体いつまとめたのか不思議でした。


くりもと:印象に残るエピソードはありますか?

関:チームメンバーはそれぞれ、素晴らしかったですね。お互いの力を上手に引き出し合っている姿が印象的でした。

夢を語り合っていた時に、「将来どうしたらいいかわからない」と言っている子に「それでいいんだよ」と優しく声をかけていたSくん。Tさんははるばる九州からやって来た行動力で、活発に意見を出していたのが印象的でした。身内の話を涙ながらに話してくれたMさんもいましたね。デキるタイプだったKくんは、2019年の台風の時、海外からわざわざ「りんご畑と田んぼ、大丈夫ですか!?」とLINEをくれました。Yくんは、あまりしゃべるタイプじゃないと思っていたんですが、プレゼンの時はガンガン仕切っていて驚きました。核心をつく発言も印象的でしたね。

 実は最後、みんながサプライズで僕に手紙をくれたんです。泣きそうになるのを必死でこらえました。結局、自分が一番楽しんだんじゃないかと思います(笑)。

くりもと:学生たちと間近で接して、関さん自身の考え方、仕事などに影響はありましたか?

関:めちゃくちゃありましたよ! 今の若い人、かつ立科町の外の人という2つの視点に出会えたのは、とても貴重でした。自分の仕事にも確実に生かせるアイデアがたくさんあって、日の目を見なかったアイデアも勝手に吸収させてもらっていました。僕が与えるよりも、学生から与えてもらっていることのほうが多かった気がします。

くりもと:今後のタテシナソンへの期待や要望があれば、教えてください。

関:立科町の事業者が、タテシナソンで発展していければと思っています。タテシナソンは変化もありつつ、参加者が翌年学生スタッフとして関わるなどして、自然と進化していっているようにも感じます。若い人の力を借りて、立科町が発展していけばいいですね。タテシナソンを続けていってくれることが、一番の望みです。  僕はまた、ガイドをやりたいですね。柔軟な発想に触れて学ばせてもらう場が、僕にとってのタテシナソンです。


くりもと:チームメンバーへのメッセージをお願いします

関:みんな具体的な夢を持っています。あの星空の下で語っていた夢を、キラキラした目で追い求めてほしい。そのまま貫いていけばいいと、心配はしていません。もし迷うことがあったら、立科町の星空を思い出してください。


「あの夜の星空よりも、学生のほうが輝いていました」という関さん。タテシナソン閉幕後も、余韻に浸っていたそうです。余韻に浸っていたのは関さんだけでなく、連絡用に作ったたぬきチームのグループLINE上ではしばらく「ありがとう」の応酬が続いたとか。関さんと学生たちの、ピュアな部分が共鳴した2日間だったことが伝わってきました。

次回が、ガイドインタビューの最終回。レクリエーション講師の谷脇良一さんにお話を伺います。

文:くりもと きょうこ